テレビについて思いを巡らしてみた。
テレビとの出会いは小学低学年の頃だった。私が住んでいる須賀沢という集落は100軒ほどであったが、テレビのある家庭は3軒だった。そのうちの1軒は、金曜日には開放してくれた。我々はこぞってそのお宅にお邪魔をした。もちろんプロレスを見るためである。7時半からは大村崑の《とんま天狗》が放映され、その後8時から待望のプロレスが始まる。それにしても《力道山》は強かった。正しく英雄だった。
テレビの普及は、今の天皇陛下と美智子妃殿下とのご成婚と東京オリンピックを契機に全国に広まった。我が家にもオリンピックを前にしてテレビがやってきた。その感激は今も覚えている。陛下は本人の強いご意志で再来年4月30日をもって退位される。2020年には再びオリンピックが東京で開催される運びとなっている。時代は移り変わってゆく。
テレビは娯楽の中心だった。今は出演者が楽しむバラエティがほとんどである。それに輪をかけて耐えられないのがコマーシャルの多さである。1時間番組なら20分くらいがコマーシャルに要されている。詳しくは調査していないから知る由もないが推測すると、以前はそんなに多くなかったが、スポンサー企業は広告料金があまりに高額だったため取り止める企業が相次ぎ、それをカバーするために料金をダンピングし、その代わりスポンサー企業の数を増やしたのである。だから本数が増えコマーシャルに時間を費やすようになった。
最近私が視聴しているテレビ番組は、NHKでは《朝ドラ》《大河ドラマ》《町工場の女》《BS時代劇赤ひげ》《時々歴史や旅行番組》、民間では《ごちバトル》《プレバト(俳句のみ)》《ネプリーグ》《大門未知子》《プリズンホテル》《陸王》くらいである。ただし民間番組はすべて録画してみている。コマーシャルを早送りするためである。
100軒に3台しかなかったテレビは一家に1台になり、現在は一人に1台である。
2011年7月にテレビ放映は地デジに切り替わった(業界との密約があったとしか言いようのない事件だと私は思っている)。そのことにより一時的にはテレビ業界は息を吹き返したが、政策による需要の裏返しは悲惨である。電機メーカーはテレビから早く手を引いたメーカーが生き残るという皮肉な結果である。
今や4K・8Kの時代である。当初は高額だった4K・8Kのテレビも我々の手の届く価格になっている。
いずれにしても、メーカーもテレビ局も過去の栄光に浸ることなく『パラダイム』をシフトしない限り大衆から見放されることを強く認識すべきである。
テレビについての雑感
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