
10月末で、『味工房なにわ寿司』は看板を下ろした。この場所に店を出して37年になるそうである。山崎町の染河内という山間の田舎から、高校を卒業すると同時に、大阪の料理店に住み込みで働いた。あの時代の修業は今から思えば厳しかったと想像できる。その時期におばちゃんと巡り合い所帯を持ち、故郷である山崎町に帰りすし屋を営んだ。
なにわ寿司はまさしく私の胃袋であった。かれこれ30年の付き合いである。食べに行くのは普段は月2~3回程度だが、家内が旅行などで留守の時は、夜は一変して私の賄い処になる。「明日はおでんが食べたい」とか「しゃぶしゃぶ(肉)」「カレーを作れ」等々我儘の極みだった。夫婦で私の自宅に閉店の挨拶に来た。二人とも立ち仕事がつらくなったのが原因とのこと。それでも私は
「一体これからワシはどこへ行けばいいのだ」などと悪態をついた。後継者もいなく致し方のないことであるが、本当に最も困惑しているのは多くのお客様のうち一番は私かもしれない。
サヨナラ!おいやん・おばちゃん!そしてお疲れ様でした。ありがとう。
おせち・どうしよう?
さよなら!おいやん・おばちゃん
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