私がパナホーム兵庫の社長時代は忘年会と称するもので、、種々のパーティーも含むと、15~16くらいの数をこなしていたように思う。そうすると毎日が忘年会と言う感覚になる。アルコールが駄目な私にとって『行』そのものであった。それから開放されるだけでも、時間もエネルギーも随分節約出来ている昨今である。がしかし、その余った時間やエネルギーを他のものに有効に活用しているかと言えば、疑問が残る。人間とは曖昧な部分が多く、忙しくて時間がない時ほど有効に活用するものである。
10月ころに塾生の一人が私に「今年は是非志澤塾で忘年会をして下さい」と提案があった。飲まない私は、忘年会とかクリスマスパーティとか新年会とかの認識が薄く、気が付かない分野である。彼に言われてすぐ計画をした。12月に入ると、それぞれで忘年会の機会が多くなることを懸念して、11月に行うことにした。忘年会といえば『鍋』なので、塾としては中華料理を選んだ。
塾生と講師合わせて21人の参加があった。会費制にして、追加分は塾の経費で賄った。料理も豊富で味も美味しく、気分は盛り上がっていった。アルコールも、ビール、紹興酒、ワインと、量も増え、普段塾では見ることの出来ない様々な一面を、垣間見ることが出来た。楽しい酒、賑やかな酒、陽気な酒、淡々と飲む酒。
宴もたけなわになっていく段階で、ある人物の目つきが怪しくなっていった。二次会の席ではもう誰も止められず、手が付けられない状態だった。私は、見るに見かねて比較的正常な者に、自宅まで送り届けるよう指示した。
次の塾での講義が終了してから彼を残して、私の経営書(或る二世経営者の挑戦)の中から《泣いて馬謖を斬る》という項目を抜粋し彼に読むようにと手渡した。
「酒は飲んでもいい、但し飲まれるものは飲む資格はない。君ほどの立場なら、多くの人が君の一挙手一投足を見ているのだ。古今東西酒で成功したものはない、失敗した例は山ほどある。」と諭した。
心から彼が分かってくれる事を願って。彼はこのグループに無くてはならない存在なのだから。《馬謖》のように斬りたくはない。
今年最初の忘年会
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