私は戦争の悲惨さや虚しさを知らない、所謂戦後生まれである。先人達の伝承と活字を通してしか、戦争と言うものを知ることが出来ない。何年か前に上京した際に時間を見つけ、靖国神社に参拝したことがある。玉砂利を踏みしめながら、心からのご冥福と感謝の言葉を添えてお祈りを捧げた。
靖国神社は明治2年、明治天皇の思し召しで東京招魂社として建立されたのが始まりで、明治12年に靖国神社と改称され、今日に至っている。古くは戊辰戦争や西南の役で亡くなった人達から、日清戦争、日露戦争、そして太平洋戦争で尊い命を捧げた人々、約246万人余りの御霊が祀られている。
私の歴史認識の中では太平洋戦争は抹殺されていた。歴史上認めたくない事実だった。昨年大学時代の友人から《永遠の0》を勧められ読み終えた時、改めて太平洋戦争と云う暗い大きな過去と向き合ってみる事にした。しかしながら、日本国にとって太平洋戦争がどのような価値があり、意味があったのかについては未だ結論には至っていない。
昨今、政治家特に閣僚の靖国神社参拝が、近隣諸国から様々に取り沙汰されている。内政干渉と言えばそうであるが、彼らの言い分にも一理はある。実のところ明確な判断が出来る確固たる事実関係は存在していない。ただ一つ知りえた事柄についてのみの認識で、有識者と呼称される人々が意見を述べているように思えて仕方がない。「一人の人間としてお国のために命を捧げた尊い人々に尊崇の念を示すのは当たり前」と述べる。ならば政治の世界から退いた後も、大臣を辞めてからも、季節毎に参拝し、その尊崇の念がそれほど強固なものならば、月に一度くらいは靖国神社の清掃に参加してはいかがですかと、言いたくなる。しかしながら政治家を退いた後、一人の日本国民として参拝を続けているというニュースは未だ耳にしたことはないが…
近隣諸国の感情が現況の域を脱しない時、あえて逆なでするような行動は慎むべきではないだろうか?公人としての地位を下りてから、真心を持ってご冥福を祈り感謝を捧げて欲しい。私は戦争体験者の口から「鉄砲の弾で亡くなったのは3割、残りの7割は飢えとか病気で死んでいった」と聞かされた。命の尊さを今こそ考え、忌まわしい戦争は再び起こしてはならない。
靖国神社参拝雑感
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