私見WBC総括

ヌートバー?って誰?ヌートリアみたいな変な名前。今回の私のWBCはこんな苛立ちからスタートした。3月8日に幕が上がり、日本の初戦は9日・中国戦から始まった。私の心配は杞憂に終わった。前半戦のMVPはヌートバーにあげてもよい。打つほうはもちろん、見事なファインプレーで日本のピンチを再三救った。一つでも抜けておれば試合展開はゴロッと変わっていた。そしてあの『ペッパーミル』は侍ジャパンを一つにし、日本中のフアンへと拡散していった。
初戦を任されたのは大谷翔平。彼は冷静なピッチングで流れを作り勝利した。その流れに乗って、ダルビッシュ・佐々木・山本と繋ぎ予選リーグ一位で決勝ラウンドに駒を進め、準々決勝イタリア戦は再び大谷が先発し勝利し、いよいよ準決勝メキシコ戦。結果的には今まで不振に喘いでいた村上が9回サヨナラ二塁打で勝ったのであるが、その時私は有馬カントリー7番ホールのティグランド上にいた。そのニュースを知らされて、鳥肌が立ち体が震えて30秒くらいティショットを打つことが出来なかった。あの瞬間は生涯忘れられないと思う。決勝戦は地鎮祭の合間に断片的に携帯の映像を盗み見しながら知ることができた。玄人好みの、これぞ野球といった試合内容だった。
今回の勝因は栗山監督が、人間的にも野球人としても並外れて優れていたことが大きな部分を占めている。采配で私が知る限りにおいてミスはほとんど窺えなかった。コーチたちとの連携もうまくいっていたと推察できる。次いで若手ピッチャー陣の活躍があげられる。誰がどのようにして選んだのか知らないが素晴らしい選手ばかりだった。源田選手の頑張りには頭が下がる思いだ。早く治してペナントレースでも華麗な守備と渋い打撃を見せてほしい。
大谷翔平が花巻東高校の三年の時、自分自身の人生設計を記していたのだそうでそれによると、27歳でWBCに出場しMVPをとると書き記していた。その通りに実現し、今や自他ともに認める世界一の野球選手である。そして何よりもその性格の良さが滲み出ている。28歳で男の子を授かると記しているようだが、それはまだ実現していない。どこかのテレビ番組で大谷君の結婚話になり、「女子アナとはしてほしくない、高校時代のマネージャーくらいと一緒になってほしい」と自分勝手なコメントを聞いたことがあった。大きなお世話だが私も何となく賛同する一人である。数年前まで大谷君のお母さんはパートで働いていたそうである。誰かがもう働かないでもいいのでは?と言うと、お母さんは「だって翔平が帰って来たとき焼肉でも食べさせてやりたいから働く」と言ったそうである。この親にしてこの子あり、である。58歳になったら岩手に帰ってくるそうである。待ち遠しいが残念ながら私はこの世にはいない。時期監督はまだ決まっていないが、3年後も期待してしまう。
大輪を咲かせた《侍JAPAN》。それを祝うかのように今年桜は例年より早く咲き始めた。暗いニュースが多い中我々につかの間の陽を与えてくれたWBCだった

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