先日、この三月で定年退社を迎えるので私のところへ挨拶のためM君がやってきた。新卒入社の草分け的な存在で40年間勤めた。
M君との一番の思い出は、なんといってもゴルフ発祥の地、聖セントアンドリュースへ一緒に行きプレーをしたことである。その機会を与えてくれたのがM君だった。
もともとM君は設計者として入社したのであるが、私が当時の八幡ナショナル(現パナホーム兵庫)へ再建のために赴任してきたときに、営業への配置転換をしたひとりだった。当初は正直ちょっと難しいのではと思っていたが、持ち前の熱心さと負けず嫌いでトップセールスマンとしての道を歩んでくれた。
或る時「あの~、約束覚えてもらっていますか?」と言って、社長室に彼がやってきた。聞いてみると、パナホームの累計出荷棟数が200棟に達すると、メーカーから100万円の報奨金が旅行券として貰えるのであるが、それを利用して一緒にセントアンドリュースに行こうと約束していたのである。私はすっかり忘れていたが彼は覚えており、その夢を実現する計画を立て、私の知り合いで彼も面識のある二人を誘って、その年の夏休みを絡めて聖地セントアンドリュースを訪れたのである。そんな機会がなかったら行くことはなかったと、今も彼に感謝している。
そんな話をしているとクリアファイル二冊に、ぎっしり一枚ずつ整理されたメモを私に見せ始めた。そこには私が毎月、及びあらゆる機会ごとに優秀な成績を収めた営業マンに宛てた、乱雑な字で私自身が書き記したコメントが残らず保存されていた。彼は
「貰ったお金よりもこのコメントが欲しくて営業を続けました」と言うではないか。私は思わず涙腺が熱くなった。勿論彼にだけコメントしたわけではなく、すべての成績が優秀だった営業マンに私は書き記した。彼のように思って残してくれている人も何人かでもいてくれたらいいのに、と感じた。私は一枚とて同じ文面を書き記したことはなく、褒めもしたが叱りもした内容だったと記憶している。
彼が手土産で持参した《牡蠣》も《和菓子》も美味しかった。彼のこれからの人生が益々輝くことを祈る、早春の《いい午後》だった。
※上記写真は2011年セントアンドリュースへ行った時のものであり、その際14番ホールで私がバーディを取った時のボールと17番ホールのバンカーの砂である。そこに一つプラスしたのが植手桃子プロのサイン入りボールである。
ちょっといい話パートⅠ
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