大学2年くらいだったと記憶しているが、アランドロン主演の映画『あの胸にもう一度』を観た。そのスクリーンの中で、アランドロンは大統領候補になるため、自分が所属する党の党首になれるかどうかの重要な時期を迎えていた。しかし一方自分の愛する女性との恋も最終局面に差し掛かっている。多忙を極めるアランドロンは、愛する人の元へ雨が降りしきる中シトロエンを運転しながら急ぐ。約束の時間はとっくに経過している。
「この時間までにあなたが来られなかったら私の命は消えている」と最後通牒を突き付けられている。運転しながら幾度となく電話をするが応答はない。その電話をするシーンが自動車電話なのである。カッコイイ!その時、いつかは自分も自動車電話を、と刻み込んだのである。
かれこれ三十数年前になると思うが、播磨地方で自動車電話というシステムが初めて展開される聞き、その予約を現パナソニックを通じて依頼した。第一回目は300台限定だった。搭載するまでに半年間を要した。すっかり私はアランドロンの気分に浸っていた。
当時は基本料金も確かひと月当たり5万、通話料金は3秒10円だった。
「いくら電話しても通じない」とか「バカ息子がバカ高い自動車電話などつけて」とか散々陰で言われていた。私は、「現代は時間を金で買う時代だ」と、意に介さなかった。
その後、重く電波事情の悪い携帯電話になり、段々性能も使いやすい携帯電話が続々登場、メールまでできる電話が現れた。
そして今や大半がスマートフォンなるものに変革していった。若者は勿論、小学生、主婦、爺婆に至るまで、私をバカにした人も一億総携帯電話病患者である。
恋人の逢瀬も来るか?来ないか?というドキドキ感はなくなった。
アランドロンはどこへ行ったのかしら?
私の携帯電話遍歴
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