オオーシャンゼリーゼ ~憧れのパリ~参

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8月6日。本日もラファイエットデパート前7:50集合。モネが晩年まで生活していた自宅のある、ジベルニー村の散策ツアーである。パリ市内は曇りだったが、目的地に近づくにつれ雨が降り出し、ジベルニーに到着する頃には本降りになる。傘を持っていなかったので、ガイドに傘はありませんか?と問うと、少し嫌な顔をされたが、自分の傘を使うようにと言ってくれた。私は気が引けたが貸してもらうことにした。ガイドは仕方なく、持ち合わせていたジャケットを重ね着し、つばの大きな帽子を被り我々を先導してくれた。自宅前に広がる庭園は、モネの絵で何度となく見た風景である。自宅内は美術館風になっているが、モネ自身の絵は全てレプリカで展示してある浮世絵はオリジナルだそうだ。何か腑に落ちないものを感じた。蓮池も初めて見たのであるが、親しみを覚える。敷地内の売店で、絵葉書とモネの絵が描かれた折り畳み傘を買う。待ち合わせ時刻より早めに見学を終えたので、近所のカフェに入りコーヒーを飲む。雨で冷えた身体が少し温もってきた。帰りの降車場所は朝と違って、私が滞在しているホテルの直ぐ側だった。ガイドに傘のお礼を言い、自室に戻りシャワーを浴び着替えをしてから、ホテルのレストランでパスタを食べる。
午後はいよいよルーブル美術館。待ち合わせ場所に行くと、母娘らしい二人がいる。間もなく男性のガイドがやってきた。どうやら私を含め3人らしい。顎鬚をした五十絡みのガイドからイヤホンを渡される。混んでいるから逸れないように、と言われる。テンポ好く案内は進んでゆく。ミロのビーナスは手が届きそうなところに立っている。モナリザは大混雑で全体を見ることが出来ない。何とか潜り込もうとしていると、ガイドに急かされて次のフロアに連れて行かれる。モナリザは毎日あのような状況だと聞かされた。美術雑誌や教科書に載っている絵画彫刻類が、全てルーブルに含まれている。古代オリエントから始まり、古代エジプト・ギリシャ美術・古代ローマ芸術・そして絵画ではナポレオンの戴冠式・自由の女神・天使に囲まれた聖母子・最後の晩餐・等々際限なく続いていく。ルーブルには時空を超えた空間が存在する。僅か半日でルーブルを語ることは出来ない。最低3日はかかりそうだ。
若い母親と高校生の娘と、ガイドに幾ばくかのチップを払い別れてから、少しの間ルーブル内を散策した後ホテルに戻った。今夜の夕食は、ホテルからラファイエットまでの道すがら見つけていた、焼き鳥を食べることにする。
花のパリとしてはあまりに似つかわしくないことが目立つ。それは歩行しながらの喫煙である。勿論吸ったあとは路上に投げ捨てる。無喫煙者の私としては余計に心を痛める光景である。
フランスに来て4日目の朝を迎えて、やっと時差ボケから開放された。朝食バイキングを取った後、待ち合わせの時間までに余裕があったので、ルーブルの広場を散歩した。開館までに相当時間があるはずなのに、もう行列が出来ている。私と同じように散歩している人、ジョギングしている人、仕事に向かうビジネスマン、また結婚式の記念撮影をしているカップルもいる。「コングラッチュレーション!」と声を掛けると「サンキュー」と笑顔が返ってきた。
今日はガイドの吉田女史と相談して予定を大幅に変更し、オルセー美術館をメインに市内観光と買い物に一日を当てることにした。オルセー美術館は私の期待を裏切ることなく名画を堪能することが出来た。印象派の絵画は全て在る、と言っても良い。どうもパリではルノアールよりモネのほうが評価が高いように感じた。凱旋門・エッフェル塔・自由の女神・オペラ座・モンマルトルの丘・ノートルダム寺院・ロンシャン競馬場・そしてシャンゼリーゼ通り、ミーハーな市内観光を終えショッピングを楽しんだ。何処へ行っても中国人と競争しているような気持ちに追いやられる。
夜は折角だからショーを楽しむことにした。パリでショーと言えば《ムーラン・ルージュ》である。吉田女史に予約を入れてもらったが、あいにく満席で取ることが出来なかった。《リド》に電話をしてもらうと、オッケーとのことだった。ホテルに帰り少しくつろいだ後、少々肌寒かったので日本から持参していたカーデガンを羽織っていく。リドはシャンゼリーゼ通りに面している。席に案内されしばらくすると、前座の催しとして歌謡ショーのようなものが始まった。その間に食事が運ばれてくる。私とテーブルを同じにしている二人連れは、ベネズエラから来ているとのことだ。それが終わるといよいよショーの始まりである。華やかな照明とスポットライトを浴びながら、端正な容姿の美女たちが軽やかに踊りながら登場して来た。よく見ると半数くらいの女性は上半身露出している。2~3曲踊り終えると、今度はピエロが現れた。言葉は全く分からないが、フランス人と一緒に笑ったりため息をついたりした。ショーを満喫した私はタクシーを拾い、ホテル・ド・ルーブルへと向かった。

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