私が大学の二年生だった頃と記憶している。
愛知県から法曹界を目指して上京していた、当時それほどの親友でもなかった丹羽君が私を呼び止め、
「香山、お前は一体何しに大学に来たのか?毎日毎日マージャンとパチンコに明け暮れ、夜は夜で新宿の街を徘徊して、怠惰な生活ばかりしている。一度俺の下宿に来い。」ということになり、武蔵小金井の彼の下宿を訪ねた。四畳半一間の日の当たらない薄暗い部屋だった。彼は出涸らしの番茶を、薄汚れたお茶碗に入れてくれながら、「これでも読め!」といって貸してくれたのが《播磨灘物語》だった。それが私と『黒田官兵衛』との出会いだった。
三月一日、姫路市文化センターで、今年のNHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』のシンポジウムが開催された。
第一部は、元NHKのアナウンサーで《その時歴史は動いた》という番組を、九年に亘り担当された『松平定知氏』がコーディネーターでパネルディスカッションが行われた。パネラー陣は、歴史学者で数々の時代考証をされておられる『二木謙一氏』。天地人(上杉家のNo2直江兼続を主人公にした小説で5年前に大河ドラマにも取り上げられた)の作者『火坂雅志氏』。歴史小説家の『鈴木由紀子氏』。そして我が志澤塾の講師の一人でもあり、播磨学研究所所長の『中元孝迪氏』の四人である。様々な見地から、学術的にも大変興味深いお話を其々がされ、有意義な時間を共有した。
二部は、松平氏とドラマのチーフプロデュ-サー『中村高志氏』、そして主役の官兵衛役の『岡田准一氏』でトークショーが開催された。岡田くんは、爽やかな好青年で、歴史も大好きで、
「歴史は空想だと思います。その場面には一緒に居られないのだから、いろんな文献や残されているエピソードから、自分で想像し空想し楽しんでおります。」と。私は彼は歴史を理解していると感じた。
また官兵衛は、《有岡城》に幽閉され、それが元で左足の自由が利かなくなっていくのであるが、もうすぐそのシーンを撮るので、それを考えていると今実際に左足に痛みを感じると話した。役者としての凄さの一面も垣間見ることが出来た。
小一時間のトークショーはあっという間に終了し、1600人の聴衆を魅了した。
グレーのスーツを着こなし、手を振りながら、春風のような彼は姫路を後にしていった。
(編集後記)
因みに、我が家の柴犬の名前は《官兵衛》である。
黒田官兵衛シンポジウムin姫路
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