前姫路市長石見利勝氏

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堂元氏の紹介で、正式に石見氏にお会いし講演をお願いしたのは、今年の3月だったと記憶している。それから一段とコロナ感染が進み、志澤塾の講座も休講を余儀なくされ、多少落ち着き始めた7月から講座を再開し、第二火曜日は私が、この四月に上梓した(或る二世経営者の挑戦)についての総論を話した。第四火曜日、すなわち7月27日に石見氏にご登壇いただき講義を賜った。2か月間に亘って講義をしていただくことになっており、第1回目は姫路市の誕生から今日までの歩みについて、ご自分の体験も含めて約1時間余り聴講した。
先ず《マズローの欲求5段階》から講義は始まり、姫路市の前身である(姫路県)~(飾磨県)が明治4年に設置され、明治22年飾磨市が誕生し、初代市長には薩摩出身の有留清氏が就任する。産業も次々起業され、敷島紡績の前身である播磨紡績・日本毛織・マッチ工場群・また兵庫電鉄(現山陽電鉄)・昭和10年には米田まけん堂(ヤマトヤシキ)・一方人口も明治31年には35000人だったのが昭和15年には10万人(現在は53万人)まで増え、姫路市が誕生し初代市長には岡上彦三氏が就任する。昭和20年6月・7月の大空襲の後、終戦を迎え、21年には石見利勝氏の父親に当たる石見元秀氏が市長を内務大臣より拝命され、元秀氏は戦後復興に力を注がれ、中でも昭和の姫路城大修理を、多額の費用と長きに亘る年月を要して完遂されたのである。
2003年に地元の有力者の熱い想いに打たれ、当時立命館大学の教授だった《石見利勝氏》は、わが故郷の発展のため姫路市長選に立候補し見事当選され、以降4期16年市長として姫路市・並びに隣接する播磨地域都市発展のために尽力されたのである。
以下各論に関しては、次回8月の講座から詳しくご報告します。乞うご期待。

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