3月の志澤塾の講座はD氏からの縁で、神戸新聞姫路本社代表の村上女史にお願いをした。神戸大学経済学部を卒業後、神戸新聞に入社され一貫して経済畑を歩まれ、論説副委員長などを経て、現姫路本社代表に就任される。記者時代に鈴木商店に興味を持たれ数人のスタッフと共に調査研究を重ね、その結果神戸新聞に連載し、それを纏め上げ《遥かな海路 巨大商社鈴木商店が残したもの》として書籍化された。
さて鈴木商店とはいかなる企業だったのかであるが、簡単に略歴を述べると、1874年神戸で鈴木岩治郎が創業したのであるが、1894年に岩治郎は急死する。妻である「鈴木よね」は岩治郎の意思を受け継ぐ覚悟を決め、その経営のすべてを若き「金子直吉」に託すのである。自分は「お家さん」と呼ばれ、陰になり日向になり金子を支えていく。金子は「お家さん」の期待に応え、台湾産樟脳の販売権を獲得し、数々の企業(神戸製鋼所・IHI・帝人・双日等々)を起こし、当時年商15億、現在に換算すると50兆円もの日本一の巨大商社を築き上げた。その間、《焼き討ち事件》や《第一次世界大戦》などの苦境を乗り越えたが、日本国内に強力な支援金融機関を持っていなかった鈴木商店は、昭和金融恐慌を乗り切ることが出来ず1927年破綻してしまう。
しかし鈴木商店はいまだに語り継がれてゆく不思議な魅力を持った企業である。それはひとえに《金子直吉》の経営姿勢にあると思われる。彼は一貫して国益を重視して企業経営を行ってきた。私利私欲が一切なかった。自分自身の家さえ持たず、生涯借家暮らしだったと言われている。そして何よりも多くの企業と、優秀な人材すなわち経営者を育て残していることにある。
最近の企業も政治家も含めた日本を代表する心貧しき人々に捧げたい気持ちである。
村上女史・鈴木商店を語る
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