晩夏の薬師寺

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私の友人の一人である釜田氏が地元の企業を定年退職後、一念発起して自身の母校である「龍谷大学」に大学院生として入学し、そこで邂逅しご縁を頂いたのが、現薬師寺執事長である「加藤朝胤」先生である。先生には過去二度志澤塾に来て頂き講話をして頂いた。今回は塾生と希望者数名で薬師寺を訪れた。お盆も過ぎた残暑の厳しい日だった。
  薬師寺は法相宗の大本山であり、天武天皇により発願、持統天皇によって本尊開眼されたと伝えられている。ご本尊は薬師如来で、日本に現存する如来像のうち、最も古く国宝である。両脇を月光菩薩、日光菩薩に守られたお薬師様の表情を拝顔するだけで、体も心も洗われる思いである。加藤先生直々に、西塔、金堂、大講堂、食堂と案内を受け、工事中である東塔の中も見せていただいた。我々の為に献立して頂いた昼食を摂る。食前には感謝の心を込めて五観の偈と六方礼拝を唱え合唱した。
昼食後京都大学でインド哲学を主に研究しておられる石垣女史による、解脱「悟る」とは?についての講話を聴く。悟りとは、自分自身で得るもので、決して他人によって得ることは出来ない、自分や他の全ての物事から解放され執着する心が無くなり、心も体も安らかな状態になることである。また、仏教と儒教と道教の違いについても分かり易く教えていただいた。
お写経道場に移動し20名の塾生たちは、それぞれに丁子を口に含み香象を跨ぎ身も心も清め、輪袈裟をし、様々な雑念の中で276字の般若心経のお写経を行った。
いよいよ加藤先生の法話が始まる。今回は、《般若波羅蜜多心経の心》についてお話して頂いた。魔訶とは大いなるという意味で、般若とは知恵、波羅蜜多は幸せを戴くためにという意味、心は中心、経は教えである。要約すれば、大いなる知恵により、幸せを戴くための中心になる教えが、般若心経の中に記されている。つまり我々が生きていく上においてどうすれば、どのような考え方で過ごせば、幸せで豊かな人生を生き抜くことが出来るかを説いているのである。
とらわれないこころ・かたよらないこころ・こだわらないこころが人を幸せに導くキーワードである。
~ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲~(佐々木信綱)
秋にもう一度訪れたくなった。

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