わが師カエサル(英語名シーザー)

 ローマは紀元前753年4月21日に、ロムルスと3000人のラテン人によって建国されたことになっており、毎年今もその日には建国祭が執り行われている。建国当初ローマの統治形態は王政で240年余り続いたが、紀元前509年に7代目の王「タルクィニウス」を市民の手で追放し、共和制へと移行していく。
 共和制時代の最大の出来事は、なんと言ってもカルタゴの名将「ハンニバル」との死闘であろう。結果的には「スキピオ」に率いられたローマ軍は「ザマの会戦」で勝利し、ローマは救われるのであるが、紀元前100年7月12日に生まれた世界史上最大の天才であり革命児の一人の男性、即ち『カエサル』により、帝政の基盤が固められていくのである。
 カエサルは様々な言葉を残しているが、私が最も好きな言葉は《人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと思う現実しか見ていない。》である。奥が深すぎて、我々凡人にはなかなか理解できない言葉である。8年の年月を要してガリアを平定したカエサルは、《賽は投げられた》と宣言しルビコン河を渡り、共和制度に限界を感じていた彼は、ローマの改革に取り組む。独裁官に就任するや彼は農地法をはじめ数々の改革に着手し、とりわけユリウス暦と言うカレンダーは、20世紀近くまで中世ヨーロッパで使用されていた。
 ユダヤ人は宗教で、ギリシャ人は哲学で、ローマ人は法律で国を治めたと言われる。希代の天才革命児『カエサル』は、そのスケールの大きさにおいて凡人の理解の枠を悠に超えていたため、紀元前44年カエサル55歳の時、元老院議事場にて側近たちの手により暗殺されるのである。
 カエサルの死後身辺を整理すると、自分の後継者に甥である「オクタビアヌス」を指名するという遺言書をしたためていた。法を重んじるローマ国家は、オクタビアヌスに運命を託すことになる。果たしてカエサルの眼は確かで、オクタビアヌスはアグリッパと言う名コンビと共に、ローマ帝国を築き上げ、《パスクロマーナ》(ローマによる平和)を確立する。紀元476年に西ローマ帝国の滅亡をもってローマ世界の終焉とされる。1200年もの長きに亘りローマが繁栄した最大の要因は、『同化』と『寛容』にある。
 この8月、フランス(カエサルが苦労したガリア)を訪れる。カエサルに逢えるかな?

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